三番叟

三番叟

子供三番叟

ここ、藤井神社は大府市の横根にあります。

例大祭は盛大で、巫女神楽や三番叟が奉納されます。

山車
横根藤井神社に参集する山車

三番叟(1)
三番叟を踊る子供

三番叟(2)
山車の前で披露される三番叟


この三番叟(さんばそう)は子供たちによって演じられます。

囃子方も子供ですし、舞い手も選び抜かれた子供です。

横根藤井神社には三台の山車があります。

もちろん神社境内に三台ともあるというのでなく、三つの組で分担して面倒を見てもらっています。

その三つの組がそれぞれ三番叟を奉納するのですが、当番制で一組だけ特別な三番叟を奉納します。

普通は一人で舞いますが、その特別な三番叟は、三人で舞います。

これを式三番叟と言います。

最初のころは、引いてきた山車の胴体部分から、舞台がせり出してきて、そのうえで三番叟を舞い、奉納したようです。

大きな山車ですが、移動できる大きさですから舞台の大きさも限られており、このため子供に舞わせたのではないかと筆者は勝手に想像しております。

現在は、その引き出し式の舞台は取り払われ、山車の並んでいる前に大きな舞台が組み立てられるようになっています。

その大きな舞台ですが、昔のなごりで子供が舞っているのではないでしょうか。


三番叟とは

三番叟というのはすでに室町時代にあったとされていますが、豊作祈願や祝言の舞いとして、演目の3番目に行われるものであったため、「式三番」と言われ、これが「三番叟」に転じたものと言われています。

wikipediaによりますと、次のように解説されています。

元々「式三番」という名称は、例式の 3番の演目という意味で、「父尉」「翁」「三番猿楽」の 3演目を指すものであり、室町時代初期には「父尉」を省くのが常態となっていたが、式ニ番とは呼ばずそのままの名称が使われている。

古くは、その3番のうち 1、2番目は聖職者である呪師が演じたが、「三番叟」は 3番目の演目であり呪師に代って猿楽師が演じ、「三番猿楽」と呼ばれ、「三番三」とも呼ばれる。

三番叟の舞は、揉ノ段と鈴ノ段に分かれる。前半の揉ノ段は、面を付けず、足拍子を力強く踏み、軽快・活発に舞う。後半の鈴ノ段は、黒式尉を付け、鈴を振りながら、荘重かつ飄逸に舞う。

翁の舞が、天下泰平を祈るのに対し、三番叟の舞は五穀豊穣を寿ぐといわれ、足拍子に農事にかかわる地固めの、鈴ノ段では種まきを思わせる所作があり、豊作祈願の意図がうかがえる。

式三番のうちでも、翁以上に後世の芸能に影響を与えた。歌舞伎や人形浄瑠璃などに取り入れられ、また日本各地の民俗芸能や人形芝居のなかにも様々な形態で、祝言の舞として残されている。なお、三番叟の系統を引く歌舞伎舞踊や三味線音楽を「三番叟物」と言う。